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幅を利かす精神論

「報道ステーション」はいつも見ているのだが、1日はたまたま録画していた「あまちゃん」を見ていた。

で、テレビに切り替えたとたん、「安藤美姫 出産」の文字が目に飛び込んできた。

混乱した。

そりゃするわな(笑)

最初に思ったのは、妊娠が判明してこれから生むのかってこと。

ソチはどうなんの~!? 今から生んで間に合うか? え~っとえ~っと・・・。←算数が出来ないヒトです。

と焦りまくり、落ち着いてよく聞いてみたら、4月に既に出産していたというので、なおびっくり。

よくもまあ隠し通せたなあ。この情報化時代に。

でも、すてき。ママさんスケーター、ソチに行く。
そうなったらいいやん。すてきやん。

あれ? 無良くんのときは、あまりおめでとうって思わなかったのになんでだろ。
私がイヤな出来ちゃった婚ってことでは同じなのに。あ、美姫ちゃんは結婚してないか。

身体的にも精神的にも、すべてを背負い込む当事者である女性に対する共感と、一応父親としての責任は発生するとはいえ、乳が張るわけでも骨盤が開いてジャンプが跳びにくくなるわけでもない、当事者にはなり得ない男性に対する、おまえはいいよな~気楽でよ~という気持ちとの違いか?

結婚せず父親を明かさないことによって生じるであろう、これからの困難を想像して、思わず頑張れっていう気持ちが生まれたってこともある。

美姫ちゃんのフェイスブックには中傷する書き込みがあったり、日本スケート連盟に抗議の電話があったり、メディアは父親捜しに躍起になってたりとゴタゴタしてるけど、なんでそういうことするかね。

オヤジ雑誌の「週刊文春」は「安藤美姫選手の出産を支持しますか?」なんぞという、いつの時代だ!? というような不見識アンケートをやらかして、抗議殺到であわてて引っ込め謝罪する(本人にまず謝罪しろ)というていたらく。ざまーみんしゃい。

他人の出産の是非を問うという非常識なアンケートに、おかしいと異議を唱えるまともな神経の人がネットユーザーの中にたくさんいたことにホッとする。

ただ、メディアの反応は私たちの写し鏡でもある。彼女を中傷したり父親を詮索したりする記事が出回るということは、それを望む者が少なからずいるということだ。

先週の朝日新聞土曜版に田原俊彦の不遇時代を書いた記事があった。
長女誕生の記者会見での尊大な態度をバッシングされた当時のことが載っていた。

「週刊女性」は最初、父親としての彼の想いを記事にした。ごく普通の芸能記事だった。ところが、その号が書店に並ぶころには、ワイドショーなどで彼へのバッシングが盛んに行われていた。

「潮目はそこか」と「週刊女性」の記者は感じたという。翌週には世間の風潮に乗り、「週刊女性」にも田原をバッシングする記事が載った。

いいか悪いかの判断ではなく。

読者や世間、書かれた本人に与える影響を考えるでもなく。

ただ、読者が食いつく記事かどうかだけが判断の基準。

メディアとは悲しいかなそういうものだ。そこで「所詮マスゴミ」と切り捨ててしまうのではなく、玉石混交の記事の中から選ぶべきものを選び取る作業が必要になる。


今回の騒動について取り上げたあまたの記事の中、コラムニスト小田嶋隆の「姫は城を出て母になる」が非常に良かった。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20130704/250696/

これ、昨日の時点では全文読めたんだけどな。今は会員登録しないと読めなくなってるね。

> 思うに、報道が一向に沈静化しないことの一つの原因として、安藤選手自身の問題とは別に、女子スポーツ選手がメディアの中で担わされているイメージの問題がある。どういうことなのかというと、メディアが、女性アスリートに「清純さ」と「ひたむきさ」を兼ね備えた、「理想の娘」としての役割を着せかけることが常態化しているということだ。<

ああ、まさしくそうだよな。コロンブスの卵だな。プロのライターさんって、みんなが無意識に思っていることをこうやって言語化するのがうまい。

一人前の大人である女子スポーツ選手を「美姫」とか「真央」のように下の名前で呼んだ記事を書くことが、娘っ子扱いしている表れだというようなことが、後ろのページに書かれていたと思う。うろ覚えだけど。

一読の価値ありです。会員登録するのが面倒だけどね~。


私たちは無意識のうちに要求してしまう。トップアスリートなら、寝食以外はすべて競技のために捧げろと。
自分は出来ないくせに、彼らには当然のように要求してしまう。

安藤美姫が「報道ステーション」のインタビューで言ってたように、海外の選手なら2カ月くらいヴァケーションをとって、オンとオフの切り替えをするという話を聞くと、そんな甘い考えでメダルが取れるかという気持ちがどこかに芽生える。

日本人はワーカホリック(仕事中毒)だとしばしば揶揄されるが、スポーツに対してもそうなのだな。

「スケートをするためだけに生まれてきたわけじゃない」と彼女は言った。

その一言を言うことに、どれほどの勇気がいったことか。

競技もしつつ、人生を謳歌する。人間としてごく自然な生き方だ。

そんな当たり前の本音すら言うことを許さないほど、私たちの社会は硬直化している。

スポーツにおける精神論。これがいろんな場面で立ちはだかっている。

これだけ問題になっている体罰をいまだに容認する人がいるのも、スポーツは楽しむものじゃなく歯を食いしばって耐えるものだ。そうして耐え抜いた者こそが栄光をつかむのだという精神論に縛られているからだ。

子育てなんてしながら五輪が目指せるかナメてんのかというのも精神論の一種。

大義のためには身も心も捧げてという武士道精神がスポーツ面ではマイナスに働いて、選手を縛りつけているんじゃないだろうか。

ここらで新たなステージに進むべき時が来たんだよ。美姫ちゃんの「二足の草鞋」は時代の趨勢だと思う。

でもまあ、今は2週間先の参院選挙を考えなきゃね。赤ちゃんの父親は誰かなんてノンキに詮索している場合じゃないですぞ。
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[ 2013/07/06 ] フィギュアスケート雑感 | TB(-) | CM(0)

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