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つけたし>ハーバード白熱教室

前回書いた「ハーバード白熱教室」についてですが、この問題に対し、Aと答えた人はこうで、Bと答えた人はこう…というような、インチキくさい占いみたいな書き方をしてしまったなと読み返して焦りました。

決してそういう内容じゃないんですよ~。すべては私の頭がアホなだけです。サンデル教授のまとめの部分が理解できなかったからです。みなさん、誤解しないでね。

昨日、まだ見てなかったダンナにつきあってもう一度見たら、他にも問題があったことをスコーンと忘れていたことに気づいた。

最初の列車の問題のあとに、ではこの場合ならどうか? ということで、医者のケースを出してはりました。

あなたは救命救急センターの医者である。

ここに列車事故に遭った6人の患者が運び込まれてきた。
1人は重傷で、あとの5人は中程度の怪我である。

1人の重症患者にかかりっきりで治療していると、その患者は助かるが、他の5人は死んでしまう。
逆に5人の患者の治療を行うと、その間に重症の1人は死んでしまう。

さて、あなたならどちらを優先するか?

これも列車の問題と同じく、1人の重症患者を見殺しにして、代わりに5人を助けるという人が多かった。

では、このケースならどうか?

心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓にそれぞれ病を抱えている患者が5人いる。彼らは移植手術をしないと死んでしまう。

隣の部屋には1人の健康な男性が健康診断を受けに来ている。
彼は昼寝をしている。

さて、あなたはこの男性から臓器を抜き取り、5人を助けるか?
臓器を抜き取れば、当然この男性は死ぬ。だが、1人は死んでも5人の命を救えるのである。

こちらの問題では、男性を殺して5人を助けるという人は少なかった。

同じ1人の命と5人の命なのに、どこに違いが出てくるのか?

ということをサンデル教授は突き詰めていくわけですよ。

前回書いた海難事故で3人が1人を殺して食べ(厳密には殺人を実行したのは2人だったが、殺した1人を食べたのは3人全員だったので、便宜上このように書く)、救助が来るまで生き延びたという話、2度目に見てみると、やはりこれは道徳的には許されないかなという気になってきた。

最初はこれは仕方ないことだろうと思ったんだけど。

だってさ、飽食の国でぬくぬくと暮らしている者が、飢餓状態で漂流している人が他人を殺して食べてしまったといって責めることができるのか? って思うじゃない。

よくよく考えると、道徳的に見れば許されないことのような気がする。
そもそも極限状態にあり、誰かを殺して食べなければ自分が死ぬとしても、犠牲になる人が殺されていい理由なんてどこにもないわけで。殺される側からすれば、なんでオレ!? って思うわな。

それを考えると、暴走列車のケースも、待避線にいる1人は本線にいる5人より数が少ないからというだけで殺されていい理由なんてないわけで。

ううむ。むずかしい。考えれば考えるほどわからなくなってくる。

サンデル教授は、哲学というのは自分が当たり前のように考えていることに揺さぶりをかける学問だ、というようなことを言っておったよ。

海難事故の件に話を戻すと、ついうっかりダンナに「私は殺しても許されると思うんや」と、昨日見たときの感想を言ってしまったのでドン引きされた。

「怖ぁ~。いざとなったらおまえはワシを食うわけやな。よく覚えとこ」

アホか; 食ってほしかったらその脂身だらけの腹回りをなんとかせえ。
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[ 2011/01/05 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(0)

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