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尖閣問題をちょっと整理してみた

尖閣諸島(住所は沖縄県石垣市字登野城)が日本の領土だっていう確かな証拠はあるの?

ってことで、2010年9月28日(火)に放送された「教えて!Mrニュース池上彰の緊急生解説&4時間半スペシャル」より、尖閣問題についての部分を引用しまとめてみた。

中国漁船が日本の領海内で違法操業し、停船を命じた海保の船に衝突した現場は、久場島の北西。
尖閣問題の現場

そもそも日本は、中国が清だった時代に尖閣諸島はどこの国の所有でもないことを確認した上で自国の領土としたのである。中国もそれをはっきりと認めていたという証拠が残っている。

【証拠その1】
1920年(大正9年)、中華民国(今の中国)の漁民が尖閣諸島の近くで遭難したのを日本の漁民が助けた。それに対する感謝状が中華民国の長崎の領事から日本側に送られている。
中国からの感謝状

そこには「日本帝国沖縄縣八重山郡尖閣列島」という記述がある。つまり助けられた場所は日本の沖縄県八重山郡の尖閣列島であるという意味。

これを補足する証拠として、1917年当時の魚釣島(かつおぶし工場で働く島民)の写真がある。感謝状に書かれていた、中国の漁民を助けた漁民というのは、魚釣島のかつおぶし工場で働いていた日本の漁民のことなのだ。
燃料代が上がったのでこの工場は放棄、その後、魚釣島は無人島になっている。
魚釣島のかつおぶし工場

【証拠その2】
人民日報(1953年1月8日付)に、沖縄で反米闘争が起きているという記事がある(※人民日報とは中国共産党の機関紙)。
中国の国内向けに、そもそも琉球群島とはどこかという解説があり、そこには琉球群島には「包括尖閣諸島」つまり、尖閣諸島が含まれるという記述がある。
中華民国が中華人民共和国になってから後も、尖閣諸島が日本の領土であると中国共産党が認めていた証拠である。
人民日報に日本領として載った尖閣諸島

【証拠その3】
1958年に北京の「地図出版社」が発行した「世界地図集」の日本図。そこには琉球群島の中に尖閣諸島がちゃんと描かれている。
中国の地図に日本領として載っている尖閣諸島

【いつから中国は自国の領土と主張し始めたのか?】
1968年に国連アジア極東経済委員会が資源調査をし、尖閣諸島のあたりには石油や天然ガスといった海洋資源が埋蔵されている可能性があると発表した。

1971年、まず台湾が自国の領土だと主張。
同じ年の暮れ、中国も自国の領土だと主張。その根拠は、尖閣諸島は台湾の領土だという主張を認める、その台湾は中国の領土なので自動的に尖閣諸島も中国の領土となるという二段構えの論法。

歴代の日本の内閣が尖閣諸島が日本の領土であるということを強く主張せず、事を荒立てずにきたがために、今日の事態に至っている。

中国は資源を輸出していたが、急激な経済発展のせいで足りなくなり、今は輸入国になっている。アフリカの資源を手に入れることにも必死になっているし、資源はいくらでも欲しいので尖閣諸島に執着するのである。

ということでした。やっぱり日本の長年にわたるうやむや先送り外交が仇になってるのね。政治家たちよ、しっかりせい!
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[ 2010/10/20 ] オタクなハハの日常 | TB(-) | CM(0)

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