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FaOI 2015 in 神戸

ファンタジー・オン・アイス 2015 in 神戸、7月4日(土)昼の部に行ってきた。

どういう演出で、誰がどういうプログラムをやるのか、その前の金沢のレポを我慢しきれずについ、ツイッターでちょこちょこ読んでしまったので、かなりネタバレになってしまった。


それで興がそがれたかというとそうでもなくて(知らないでいた方が楽しめただろうと思えることもあったが)、期待以上だった。

最高の演技で魅せようというスケーターたちの意気込みと、それに応える観客の温かな拍手や声援、スタオベ、時にノリのいい指笛。

アクシデントもあったが、それが却って思いがけないサプライズを呼び込んで、観客もスケーターも大盛り上がり。私の見た4日昼の部だけでなく、他の公演のレポを聞いてみても、3公演通してそんな楽しいショーだったようだ。


演技で特に印象に残っているのはステファン・ランビエール。明らかに違いを感じる姿勢の良さに、動きの一つ一つが洗練され、意外性に満ちていて、どこを取っても絵になる。まさに「氷上のバレエダンサー」。


織田信成さんも良かった。指先まで柔らかくしなやかな動き、情感たっぷりに演じる「愛の夢」。
一転してカッコよさとコミカルな動きが混在する“織田ースベイダー(by 宮本賢二先生)”。観客にフォースを送ってみたり、ヘランジをやってみたり、サービス精神旺盛なエンターテイナー。ますます好きになった。


鈴木明子さん。福間洸太朗さんとコラボした「月の光」は絶品。彼女の表現は音のつかみ方、溜めの作り方で緩急を表すのがうまいので、思わず目が吸い寄せられて離せない。見ていると快感。何度でも見たくなる。


実はこのコラボの直前にリンクに穴が開いているのを鈴木さんが発見し、補修のため20~30分間ほど中断するというアクシデントがあった。
最後の方になると福間さんが出てきて、ショパンのバラード1番を弾いてくれるといううれしいサプライズが(それも補修が思ったより早く終わったので、演奏もその1分後に終わらせるようにアレンジするというすごい対応力)。
全然気づかなかったけど、羽生選手がそれに合わせてリンク脇で振付をやっていたとのこと。見たかった。


本物のコラボはこの日の夕食の席で羽生選手より福間さんに申し出があり、最終公演のフィナーレで実現したそうだ。ああ、見たかった。

ちなみに福間洸太朗さんのお父さんは佐藤信夫コーチの教え子だったこともあるそうで、福間さんは自他ともに認めるスケオタ。



プルシェンコのラスボス感すごかったとかジョニーの個性的な曲の解釈が素晴らしいとかあといろいろ他のスケーターの話も書きたいけど時間もないので、最後に羽生結弦選手の感想を。



生で見るたびに彼のスピードには驚かされる。近づいてくると迫力のすごさに驚く。あれで体をコントロールできるというのがもはや超人的。
日々進化している登り龍のような若き王者。その名にふさわしいパフォーマンスだった。


SEIMEIは夢中で見ていたら、あっという間に終わってしまった。
ジャンプもスピンもステップも、ダイナミックでしなやかで魅了される。ずっとずっと見ていたかった。


力強い曲調に合わせたステップ、腕の使い方がちょっとブン回す感じになるところがあって惜しい。でもきっと回を追うにつれて、バラ1の時みたいに洗練されてゆくのだろうな。
彼は期待を裏切らない。ブラッシュアップされていく過程を見守るのがこれほど楽しみな選手はいない。


フィニッシュ間際のスピンの構成はオペラ座のと同じだけど、オペラ座でマスクを外す振付を入れたみたいに、ちょっと和風の味付けをしてくれるといいな。


盛り上がるところでレイバックイナバウアーを入れるのは、ずっとそれが続いているので変えてほしいなと思ってたけど、いざ見てみるとやっぱりいいなあ。
ハイドロが入っていたのはうれしい。羽生選手のシットツイズルは白鳥が舞っているような美しさなので、試合バージョンでは入ってるといいな。


「天と地のレクイエム」
金沢で初めてこのプログラムがお披露目された時、曲名が明かされなかったので、たくさんのファンが使用曲を突き止めようと動いた。
やがて曲名がわかったが、その瞬間、どういう意味合いを持つプログラムなのかを誰もが悟ったと思う。


ツイッターにYouTubeの曲を貼ってくれた人もいた。一応ふぁぼっておいたが、あえて聴かずに神戸に臨んだ。
他の人の感想もなるべく読まないようにした。見る前から、何かの色に染めてしまいたくなかった。


それでもなんとなく、「花は咲く」のような、苦しみや悲しみがあっても、最後には希望の光が差し込んで穏やかな微笑みで終わる、そんな演技を予想していた。


メロディが流れ、羽生選手の演技が始まる。


喪ったものを悼み、突然の災禍に受け入れることを拒み、理不尽さに憤り…。
そう、そこには、苦しみにのたうち回る被災者としての彼の姿があった。


苦悩、拒絶、怒り。
救いを求めて苦しげに何度も差し伸べられる手。


堰き止めるような鋭いエッジが氷の粒を巻き上げる。
最後には希望が…などと、安直な予定調和を拒絶するかのように。


ああ、私は被災者ではないのだ。
思い知らされた。


同じ日本人だからと、わかったようなつもりでいた自分を恥じた。


届かない光を求めながら、彼はいまだ苦闘のさなかにいる。



もちろんこれは彼の演技から私が感じ取った感情。

羽生選手が描いていたのは、もっと違うものだったのかもしれない。
私が彼の中に見たのは、自分の感情を投影しただけのものだったのかもしれない。


でもきっとそれでいい。自分自身で感じ取ること、あの演技を通して彼が伝えたかったのは、きっとそれだ。


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[ 2015/07/18 ] フィギュアスケート雑感 | TB(-) | CM(4)