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想像力は大事

15日に放送されたEテレのバリバラ(バリアフリー・バラエティ)、「ここが変だよ健常者」の録画をさっき見た。

地下鉄の駅へ向かう車椅子の人に、おばちゃんが親切に「一緒に行ったるわ」と声をかけて押してあげる。

「そっちじゃないんです」と言っても、聞く耳持たない。で、エレベーターのない入り口に連れて行かれ、電車を逃してしまう。

親切のつもりが余計なお世話だったり、かえって障害持ってる人を困らせていたり。

「それでも我慢してありがとうございますと言う。でないと、本当にヘルプが必要なときに提供してもらえなくなってしまうから」
とは、電車で酔っぱらいのおっちゃんに手を引っ張られて強引なサポートをされ、優先席の人を無理やりどかせて座らされ、針のムシロを経験したという視覚障害者の幸田さんの弁。

他にも、「どちらまで行かれますか?」と車椅子に乗ってる本人ではなくヘルパーに尋ねる駅員さんとか、レストランで障害者をお子ちゃま扱いする店員とか、「車椅子のお通りだ~! 下に~、下に~」みたいに大げさに扱っちゃう交通整理員とか。

バリアフリー・トイレの場所をおばちゃんに尋ねたら、親切に連れて行ってくれたはいいが、中まで入ってこられて待機されて困ったって人もいた(^_^;)
「私、その人の前でお尻出すつもりはないから(;´Д`)」って言葉にワロタ。

バス停で隣に座ったおばちゃんにおはぎもらって一緒に食べたとか、みかんやパウンドケーキもらったとか(これはどうやら大阪だけの文化らしい)。親切心なのか哀れみなのかによって、心証も違ってくるな。

高校生の時に部活帰りに歩いてたら、おっちゃんに手のひらに10円玉八つ、握らされて困惑したって視覚障害者の男性が言ってた。
「あと二つくらいもらえたらうれしかったのに(笑)」←そこかい(笑)

電動車椅子のボタンのところに500円玉置かれたりとか、「がんばってな」と言われて千円握らされて逃げて行かれたりとか。

「お恵みみたいな気持ちでお金を渡されるのは悲しい」

そりゃそうだよ(-_-;)

視覚障害者の幸田さんが、「テーブルにりんごがあって、いきなり手を持って『ここです』って置かれると、自分からの距離とか、他の物との位置関係がつかめず、かえって困る。向かって右にあるとか、もうちょっと下とか、そういうふうに教えてもらった方が助かる」と言っていた。

そうなんだよ。
私もヘルパー2級の資格取るときに実技で習ったが、「3時の方向にりんごがあって、6時の方向にカップがあります」のように、時計の文字盤で説明すると視覚障害者にはテーブルの上に置かれた物がイメージしやすい。

飲み物なんかも、「カップに半分くらい牛乳が入っています」って量を教えてあげると、どれくらい傾けたらいいかわかる。

実技で、利き手の不自由な視覚障害者という設定でお弁当とプリンを食べたけど、そりゃものすごく不自由だった。口に入った瞬間、いきなり味が伝わってきて、そこで初めて何を食べているのかわかる。人間って目で見て味を予測しながら食べてるんだなって思った。

割り箸の袋に爪楊枝が入ってる。刺さりそうで開けるのがすごく怖かったのも意外だった。
プリンのカップがいつの間にか倒れているのにも気づかず、食べていた。
講師がわざと無言でお弁当を配っていった時も、目の前に言葉もなく無造作に置かれるのが、まるでエサを与えられているみたいで屈辱的だった。

その人の身になってみると、いろいろとわかる。知らなかったことが見えてくる。

別に難しいことじゃない。この番組で取り上げられてた健常者のヘンな言動は全部、相手の身になって想像してみればすぐわかることだなあって思った。

自分が目が見えなかったら、こういうふうにアドバイスしてもらって助かるかな?
耳が聞こえなかったら、こういうふうにされると困るだろうなあ。
手を貸す前に、ちょっと考えてみると親切が仇にならないと思う。

そうそう、聴覚障害を持った人の話で、知らなかった話が聞けた。

口の動きを読んでいる最中に、横から「今のわかる?」と邪魔されるとかえって話がわからなくなって困るから、最後まで聞かせて(読ませて)ほしい。

聴覚に障害があるって言うと、みんな近くに寄ってくるので戸惑う(声よりも口の動きを見ているから、必要以上に近寄る必要はない)。

「り・ん・ご」のように、1文字ずつ区切って話されるとかえってわかりづらい。「りんごは・いりますか」みたいにひとまとまりごとに話してほしい。

こういう話を聞いていると、健常者と障害者の壁はまだまだ厚いなあと思う。

健常者は、相手の障害に触れてはいけないことのように身構えるか、勝手に解釈して過剰に世話を焼きがち。
あるいは、なんか変な優越感に浸って見下しがち。

障害者は、せっかく好意でしてくれてることなんだからと我慢しがち。
「それは困ります。こうしてくれた方が助かります」って言っちゃうと、世話かけてる分際でえらそうにって思う人も中にはいるかもしれんもんなあ。でも、めげないで伝えてほしい。

こんなふうにちょっとずつでも世の中に発信していくことは大事だよね。

硬い内容じゃなくて、ゲラゲラ笑いながら見た。うまいことバラエティ演出になってる。NHK、GJ d(ゝ∀・)ィィ!!!
Eテレで放送してたんじゃ、関心のある人しか見ないだろうな。もったいないな。民放でもやりゃいいのに。

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[ 2013/03/20 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(0)

価値観の転換

仕事の帰りにホームセンターに寄ったら、緑のカーテン用の支柱やらプランターやらに「売れてます」と札がついていた。

ほんまかどうかわからんけど。店側の陰謀かも知れんけど…でもきっと売れてるんじゃないかな。そう信じたい。
少しでも電気の消費量を減らして暮らしていきたいよね。

あの日からみんな、価値観が変わってしまったはずだ。

「地球にやさしく」じゃなくて、地球が人間に「やさしく」してくれているから人間は生きていけるのだ。

そう言った人がいる。

至言だと思う。

すべてを手に入れたつもりになっていても、その実、大自然の猛威の前に私たちの力は小さい。
自然を支配できるとかコントロールできると思い上がっていたんじゃないだろうか。
それを、あの震災の日に思い知らされた。

だから、電気や水をじゃぶじゃぶ使い放題に使うんじゃなくて、自分の身の丈に合った生き方をしていかなきゃいけない。

そんなふうに価値観の転換をした人は多いと思う。

…なのに、テレビをつけると、震災前と変わらない、今が楽しけりゃいいのさ的な低俗なバラエティがうじゃうじゃ

ばかやろう!!

とか言って、貴教が出てる「新・堂本兄弟」は見てるけどもっ(笑)

うん、でも、ほんとにバラエティは見る気がしなくなった。もともとそんなに見てなかったけど、震災後はほんとに見なくなった。

「サラリーマンNEO」くらいかな。
生瀬勝久を筆頭に、芸達者な俳優たちが大真面目でコントをやるのがいい。

あとはNHKのドキュメンタリーくらい。写楽の正体に迫るやつとか、竹久夢二の生涯とか。
これがすごく面白い。

ドラマは「JIN」だけ見てる。

「おひさま」はいつまで経っても面白くならないし、斎藤由貴の演技にイラッとくるので(自分で考えた演技なんだろうか、それとも演出家とか監督にあんなふうにめんどくさく演じてと要求されてるのだろうか)、もう見なくなった。

「JIN」はほんとに面白い。
凛として健気な咲が清々しい。仁先生に寄せる想いが、原作よりずっと切なく伝わってくる。

出てくる役者さんはみんないい演技をしていて安心して見られるが、特に内野龍馬の、次に何をしでかすかわからない、意表を突いた演技が素晴らしくて目が離せない。
役の解釈が的確で演技にちゃんと裏付けがあるから、説得力があって、どんな突拍子もない行動を取っても奇をてらったような違和感がないんだよな。

「手術」を舌が回らず「しゅじゅちゅ」と言ってしまうシーンで、そういや前作でもそうだったなと微笑ましく思い出した。

薩長同盟がなかなか成立せず、西郷どんに迫るところでも「しゅじゅちゅ」と言ってたが、キメなきゃいけないシーンではちゃんと「手術」と言ってたのが惜しいな。あそこも「しゅじゅちゅ」で貫き通してほしかった。舌が回らない滑稽さもお構いなしに、ぐいぐい説得する勢いが出て、むしろよかったと思うんだけどな。

とにかく、内野龍馬は今までの龍馬の中で最高。

と思ってたら、橋田壽賀子賞で福山雅治が「龍馬伝」の演技で賞を取った。

えっ、あんな演技で!? あんなもん坂本龍馬とは認めないよ。

そしたら、橋田壽賀子いわく、「大ファンなんです

( ´_ゝ`)フーン

まあいいや。


演技というのはやっぱり才能なんだ。

当たり前やろって? いや、だってさ、芸能人って猫も杓子もドラマや映画に出るやん。まるで演技なんて誰でもできるみたいに思われてるやん。

でも違うんだとつくづく思う。

経験が浅くても素晴らしい演技を見せる人もいれば、何回場数を踏んでも一向にうまくならない人もいる。
やっぱり才能なんだよ。

たとえば、「ゲゲゲの女房」の松下奈緒。(引き合いに出してすみません)
藤木直人と組んだドラマに出ていたが、週刊誌の評で、「最初はゲゲゲ効果で視聴率もそこそこだったが、松下の演技がうまくないせいもあり、だんだん下がって行っている」とあった。
やっぱりなと思った。

「ゲゲゲ」はヒットしたかもしれないけど、ほんとヘタクソだよこの人の演技。

この人はきっと頭のいい人なんだろうと思う。だから理屈から入ってしまうんじゃないだろうか。
台本を読んだら反射的に、頭で表情や動きを考えてしまうんじゃないだろうか。

「驚く」と書かれていれば、まず目を真ん丸に見開いて驚く表情を作れば、それが驚いた演技になるんだと思い込んでるふしがある。

だけど、演技の才能のある人は違うんだよね。
表情を作ることから入ろうとはしない。役の人物がそのときどういう心情でいたかをわかろうとし、その後ろにあるものまで深く分析する。そうしてから初めてそれを体を使って表現しようとする。

だから演技が百面相にはならないんだ。

震災後の価値観の転換の話をしていたのに、なんか話が変な方向へ…(笑)
[ 2011/05/20 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(0)

エンタメの話あれこれ

キャンディーズのスーちゃんが亡くなってしまった。
突然だったので驚いた。
長年闘病してたなんて全然知らなかった。
私らの世代にとって、スーちゃんは女優・田中好子というよりも、キャンディーズのスーちゃんのイメージの方が強い。

苦しい息の下からの最後のメッセージを聴いたら涙がこぼれた。
自分が一番辛いときに他者への思いやりを示せるなんて・・・。
強くてやさしい人だったんだな。

その驚きもさめやらぬうちに、今度は俳優の田中実が自殺したとのニュースが。
「凛凛と」は好きだった。「鉄の骨」で久しぶりに見て、老けたなあ、ちょっとやつれたかなあって思ってたんだけど・・・。
何があったのかなあ。前日まで元気そうにしていたという話なのに。

なんか・・・人の死に接すると気持ちが沈む。当たり前だけど。
どうすることもできなかった死と。なんとか防げたんじゃないかと思う死と。

***

NHKのドラマ「おひさま」を見始めたんだけど、父親役の寺脇康文がいいなあ、井上真央もいいなあと思うものの、脚本や演出がなんだか幼稚というか。ダンナも「中学生日記?」と言うし。
とっつきやすいようにっていう配慮なのか、朝ドラはどうもハードルが低く設定されているような気がする。

原田知世ってあんまり演技うまくないなとか、斉藤由貴のハイテンションが朝からしんどいとか。
若尾文子はいったいいくつの設定なんや。大正生まれやったら80代後半くらい(?)じゃないのか。若作りしすぎやろとか。

そういう感想くらいしかないな~。

あ、安曇野の自然がものすごくきれいで癒される。

***

「JIN」は期待通り面白い。内野龍馬がすごすぎる。頼りがいがあって、ひょうきんで、でも、戦場に転がる死体を前にした表情は、なんとも言えない哀切を帯びていて・・・。

野風の中谷美紀もうまい。目配り、足さばき、ちょっとした仕草に花魁らしい色気を感じる。これじゃ女衆にやっかまれて長屋を追い出されるのもうなずけるな。

他の役者もみんなそれぞれにいい。

咲の母が脚気で死にかけてるときに、男の子が「神様は耐えられる試練しか与えないんです」というようなことを言ったのはちょいと引っかかったけども。
あの時代の町人の子が「神様」という概念を持ってるかな? そこは「仏様」の方がすんなりいかんかい? これは仁先生に教えられた言葉だったっけか。

仁先生は現代の日本人らしい宗教観で、宇宙の絶対的な存在という意味で「神様」という言葉を出してきたんだろうけど、この時代の「神様」はキリスト教を連想させてしまうよ。

そういうところがちょこっと引っかかったけど、あとは面白い。原作を19巻まで読んで、今ドラマでやってるところは知ってるけど、それでも引き込まれる。

***

松ケンが小雪と結婚したってね。
別れろ~別れろ~と念を送っていたのだが。←オイ;

なぜに小雪? よりによって小雪? ・・・以下自主規制。

それにしても松ケン、太ったな。
なんか雰囲気がだら~んとしちゃった感じで、娘も「もうどうでもいい」って言ってる。
来年の大河、平将門かぁ。どうすっかな。
今の大河のクォリティだったら、あまり見る気がしない。
[ 2011/04/26 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(2)

夢をかたちにする言葉

18時10分より、NHKで「夢をかたちにする言葉」というUVERworldの特集番組をやっていた。
TAKUYA∞の発信する「いつだって始めるには遅くない」というメッセージが多くの若者を励まして、生きる力を与えているという内容。

TAKUYA∞は20歳になるまで、音楽への夢をあきらめきれず、かといって特に何もしてこなかったという。幼馴染の仲間とバンドを組み、ライブハウスでライブをやっても、最初は2人くらいしかお客さんが入らなかったとか。
それが結成10年の去年11月には東京ドームで4万人も集めたライブをやっちゃうんだもんね。すごいよな。

UVERのことはあまり知らないので、いろいろ面白い話が聞けた。

まず、TAKUYA∞は詩を書くのが大好きで、中学時代、友達に遊ぼうと誘われても、「今日は詩を書くから」と断ることがあったとか。ワロタ。「ポエマーですから」だって。
小さな手帳にはぎっしりと思いついた言葉が書きとめてあった。歌の最後のフレーズが決まらなかったら、これを見るんだと言ってた。

TAKUYA∞の書く歌詞は本音の言葉が詰まってる。きれいにまとめてやろうという気は無いみたいで、荒削りなんだけども、そこが若者に伝わるんだろう。

草津にあるボイストレーニング教室に通ってたそうで、そこを訪れ、先生と再会。
先生いわく、「レッスン室に入ってきた第一声が『プロにしてください』。心の中で思っていても、口に出して言う人はめったにいないけど、彼はそう言った」

堅田のライブハウス「ハックルベリー」の店長。「うまいとかへたとかいう以前に、彼らは他のバンドと違った。あ、こんなジャンルもあるんだと思った」

「CHANCE!」のデモテープを聴き、大阪で彼らのライブを見て、UVERを発掘したSony Music Records Inc.の社長の言葉。「歌はめちゃくちゃだったけど、原石のように光るものがあった。最初はライブハウスの後の柱の陰で白けていた観客が、だんだん前へ集まってきて、最後には、バンド名がわからないもんだから、ただキャーキャー叫んで拳を突き上げていた」

ライブの前には小さなスタジオを借りて、メンバーだけで練習する。
メンバーの一人が(誰だっけ、彰だっけ。ちょっと忘れた。ごめん)、「どんなことして遊ぶより、メンバーと練習しているのが今は一番楽しい」と言っていた。

東京ドーム公演前日、リハをやるUVER。うんと離れた後ろの席に座り(この席に座った子はTV見て、ぎゃーぎゃー叫んでいることだろう(笑))、客席からステージを見やるTAKUYA∞(マスクしてた)。恐ろしく遠い。これだけ離れてる場所にもちゃんと届くパフォーマンスをしようと語る。

私はUVERの曲はすごく新しいと思う。次にどんな音が来るのか予測できないところが魅力。ちょっと方向性が違うかもしれんけど、貴教もUVERに楽曲提供してもらえばいいのになとか思う。ファンには悪いけど、浅倉大介の作る曲はなんか予定調和で古いなと思っちゃうんだよね。あくまで私の好みですが。

【追記】
再放送希望者はNHKに要望を伝えるといいよ。ただし、年間14万件も再放送希望があり、権利関係もクリアしたものでないとダメらしいし、あまり再放送ばかりしてると「手抜きだ」と視聴者からお叱りの言葉があるらしいんで、言ったからって必ず再放送してもらえるもんでもないらしい。
ダメもとでやってみてください。

方法1.ツイッターにハッシュタグ #NHK_rerun をつけてつぶやくと関係者が見てくれる。

方法2.NHKに直接伝える→みなさまの声にお応えします(メール、FAXでも可。急ぐなら電話がいいらしい)

方法3.NHKネットクラブの「番組表ウォッチ」から再放送の「お知らせメール通知サービス」に登録し、再放送があったらメールで知らせてもらう。
[ 2011/01/09 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(0)

つけたし>ハーバード白熱教室

前回書いた「ハーバード白熱教室」についてですが、この問題に対し、Aと答えた人はこうで、Bと答えた人はこう…というような、インチキくさい占いみたいな書き方をしてしまったなと読み返して焦りました。

決してそういう内容じゃないんですよ~。すべては私の頭がアホなだけです。サンデル教授のまとめの部分が理解できなかったからです。みなさん、誤解しないでね。

昨日、まだ見てなかったダンナにつきあってもう一度見たら、他にも問題があったことをスコーンと忘れていたことに気づいた。

最初の列車の問題のあとに、ではこの場合ならどうか? ということで、医者のケースを出してはりました。

あなたは救命救急センターの医者である。

ここに列車事故に遭った6人の患者が運び込まれてきた。
1人は重傷で、あとの5人は中程度の怪我である。

1人の重症患者にかかりっきりで治療していると、その患者は助かるが、他の5人は死んでしまう。
逆に5人の患者の治療を行うと、その間に重症の1人は死んでしまう。

さて、あなたならどちらを優先するか?

これも列車の問題と同じく、1人の重症患者を見殺しにして、代わりに5人を助けるという人が多かった。

では、このケースならどうか?

心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓にそれぞれ病を抱えている患者が5人いる。彼らは移植手術をしないと死んでしまう。

隣の部屋には1人の健康な男性が健康診断を受けに来ている。
彼は昼寝をしている。

さて、あなたはこの男性から臓器を抜き取り、5人を助けるか?
臓器を抜き取れば、当然この男性は死ぬ。だが、1人は死んでも5人の命を救えるのである。

こちらの問題では、男性を殺して5人を助けるという人は少なかった。

同じ1人の命と5人の命なのに、どこに違いが出てくるのか?

ということをサンデル教授は突き詰めていくわけですよ。

前回書いた海難事故で3人が1人を殺して食べ(厳密には殺人を実行したのは2人だったが、殺した1人を食べたのは3人全員だったので、便宜上このように書く)、救助が来るまで生き延びたという話、2度目に見てみると、やはりこれは道徳的には許されないかなという気になってきた。

最初はこれは仕方ないことだろうと思ったんだけど。

だってさ、飽食の国でぬくぬくと暮らしている者が、飢餓状態で漂流している人が他人を殺して食べてしまったといって責めることができるのか? って思うじゃない。

よくよく考えると、道徳的に見れば許されないことのような気がする。
そもそも極限状態にあり、誰かを殺して食べなければ自分が死ぬとしても、犠牲になる人が殺されていい理由なんてどこにもないわけで。殺される側からすれば、なんでオレ!? って思うわな。

それを考えると、暴走列車のケースも、待避線にいる1人は本線にいる5人より数が少ないからというだけで殺されていい理由なんてないわけで。

ううむ。むずかしい。考えれば考えるほどわからなくなってくる。

サンデル教授は、哲学というのは自分が当たり前のように考えていることに揺さぶりをかける学問だ、というようなことを言っておったよ。

海難事故の件に話を戻すと、ついうっかりダンナに「私は殺しても許されると思うんや」と、昨日見たときの感想を言ってしまったのでドン引きされた。

「怖ぁ~。いざとなったらおまえはワシを食うわけやな。よく覚えとこ」

アホか; 食ってほしかったらその脂身だらけの腹回りをなんとかせえ。
[ 2011/01/05 ] 倉庫4 | TB(-) | CM(0)